昭和27年電気科卒業卒業後61年。最後の同級会を焼津松風閣で開いた。思い起こせば戦後間もないS21年校庭には鉄廃材が山と積まれ校舎の一部は県の複員局が同居していた旧制の静工に我々は入学した。学校は戦争帰りで予科練からの複学の先輩もいて、現在の中1の子供から大学2年くらいの年齢の大人も同居で不思議な環境だった。
2年に進級の際は6・3・3制の学制改革があって、高2になる迄の4年間は最下級生に甘んじていた当時が懐かしく、鮮明に蘇り話が弾んだ。卒業後はOB 諸先輩と共に戦後の復興から、今日の日本を築いたあの高度成長の一翼を担ったとの共通の自負がある。卒業後30年のS57年に第1回の同級会を開いてから回を重ねて、卒業時83名の仲間も既に36名が鬼籍に入り寂しくはなったが、今回集まった24名は、歳はとっても気持だけは若く、7年後のオリンピックは勿論、技術者として14年後のリニア新幹線の開通を見届けたいとの思いも同じだ。時間の過ぎるのも忘れ語り合い最後は、お互いの健康を気遣い、古城の東清水の・・を歌い締め括った.。
(鈴木啓允)
